スキューバーダイビング

 朝、6時。いくつも設定した携帯の目覚ましが順番に鳴っていく。片っ端から止めながら身支度をととのえる。今日は連れ合いご要望のスキューバーダイビングに行く。実は僕は泳げないため、海に入りたくなかった。しかし、連れ合いが「ハナに付き合ったげるから、スキューバーダイビングに付き合い!」と言ったため、仕方なくOKをした。連れ合いは息子とタイに行った時にスキューバーダイビングを行っており、なんとしても僕に体験させたい、と思っていたようだ。
 今回はネットで見つけた「ZERO」というダイビングショップにお願いする事になった。お義父さんがそこそこの歳でもあり、ダイビングが可能かどうか、行く前から何度もメールのやりとりをしてお世話になっていた。なかなか親切な感じのお店である。

 前日の電話で、港の駐車場入り口に近い所にある「アロハ カイ」と
いう船に集合という事で聞いていた。10分くらい前に港に着くと船は
まだだった。しばし、待っていると、車に引っ張られ、船が入ってきて、
駐車場入り口付近のスペースに停まった。人の良さそうなボート
キャプテンのヒロさんがこちらの確認をして、「おじいさんは、お元気
ですか?」と聞いてきた。70歳を越えているので、大丈夫だろうかと
事前に相談に乗って貰っていたから、気にしてくれていたようだ。
 必要な医師の診断書を持ってきていないため、お義父さんは
シュノーケルのみ、3人がダイビングをする事にした。免責の記入など
の手続きが終わり、ガイドのエディさんより体験ダイブの説明を聞く。
その間にキャプテンがボートを港に降ろす。15分ほどの説明が
終わるといよいよボートに乗り込む。
 いよいよ出港!期待に胸ふくらませて(るかな・・・・)美しい海原に
出て行く。途中、クジラに出会ったりしながら、シュノーケルのポイント、
モロキニ島に向かう。向こうに見えている島の手前に小さく見える島
(画面中央やや左下の水平線上)が三日月状になっているシュノー
ケリングのポイントだ。


 モロキニ島に着くと、ガイドのエディさんがまず様子を見に海に入る。ボートの縁から海を覗くだけでも沢山の魚が確認できる。
 シュノーケルのマスクをつける。「泳ぎが苦手な方はいますか?」のキャプテン、ヒロさんの声に即座に手を挙げる。「これを脇の所に通すと、浮きやすいですから。水に入ったら渡します。」と、長い棒状の物(なんていうのか、名前を聞き忘れた)を見せてくれた。

 いよいよ、海に入る。慣れている息子から順番に、連れ合い、僕、お義父さんと入っていく。手渡された棒状の物に、胸のあたりが乗っかるようにして両方の脇の下を通してうつぶせに浮く。水の中に顔を浸けるが、シュノーケルのおかげで呼吸は出来る。マスクを通して見る海の中は、魚が泳ぎ回り、実に美しい。エディさんについて移動していく。手を伸ばせば確実に届く範囲を魚たちが通り過ぎていく。こいつら、人間をなめとんとちゃうかと思うくらい、平然と近くを通る。はっと思うと、ウミガメ(タイマイではないかとの話)が下を通った。うわっと思った時、ビキニの女性がカメラを構えてその亀を追いかけて潜って行った。泳げない僕としては驚くばかりの光景である。

 僕は顔を海に漬けたままの方が呼吸をしやすいので、ずっとその格好でいたのだが、みんなは時々、立ち上がって話をしていたようである。やがてエディさんがお義父さんを連れて反対方向に移動し始めたので、僕もついて行こうとすると、息子が僕の体をたたいた。立ち上がろうとするが、これがなかなか、容易ではない。やっと立ち上がった僕に息子が、「おじいちゃんをボートに連れて帰ってる間、この辺でおよいどいてって言ってたやろ。」と言うが、余裕が無い僕は気がつかなかった。

 この後、エディさんが帰ってきて、またシュノーケリングの続きを始めた。海底がぐっともぐっていて、まるで空を飛んでいるような気分になるというポイントに向かう。元々は火口だった所なので、そのように落ち込んでいるのだとか。さっきまで少し潜れば手が届きそうなくらいの所に海底があったが、そのポイントに近づくにつれ、海底が急に沈み込んでいき、それこそ、テレビでしか見たことのない風景が目の下に広がっていた。

 息子の合図で、何とか立った姿勢になり、エディさんの話を聞く。一度、息を止めて顔を潜らせてみると、クジラの鳴き声が聞こえるからやってみてという事だったが、正直、僕はやる気がなかった。というか、元々、水泳は苦手で、特に呼吸が出来なくなるという事は理屈ではなく、恐怖である。シュノーケルを一旦、水に浸けてしまうという事は、呼吸に使用している管に水が入ってしまう。たいていの人は問題が無いのだろうが、正直、立っている姿勢を維持しているだけでも相当しんどい僕としては出来ない話だった。潜って、もう一度、このように立った姿勢に戻るのはとても大変な事なのである。気のいいエディさんは、僕に何とか、クジラの声を聞かせようと、僕の後ろに回って、サポートをしてくれようとするのだが、すでに立ち姿勢でしばらくいるために、そろそろ限界が近かった。エディさんは、僕の持っている棒を僕の体に回し、体を仰向けにさせると、マスクを外しても大丈夫な体制でボートまで引っ張っていってくれた。僕にとってはシュノーケルというのはかなりきついものであったが、引っ張って貰いながら、多分、潜ってしまった方が楽なんではないかと思っていた。マスクが完全に水没してしまい、呼吸が出来なくなる事が怖いのであり、呼吸を維持するために特に姿勢に気を遣わなくていい状態なら、その方が楽なんではないかと。

 ボートは次のダイビングポイントに向けて移動する。途中、クジラの「ヒートラン」という、一匹のメスを数頭のオスが追いかけているという、激しい泳ぎが見られた。キャプテンはボートを停めてくれ、しばらくホエールウォッチングの時間となった。この海域には、この時期、900頭くらいのクジラがいるとの話。島に囲われた状況が、クジラの子育てには都合がよいのではないかとの事だった。しかし、生まれたての赤ちゃんでも1トンあるらしい・・・。

 途中、ビーチの横を通るとき、「あそこはヌーディストビーチです。望遠鏡のレンタルは5ドルです。」とヒロさんが笑わせてくれた。しかし、ヌーディストビーチというのはもっと囲まれていて、近くを船が通ってもまともに見えない場所を選んでいると思っていたから、ちょっとびっくりした。

 やがてダイビングポイントに着くといかりを降ろし、ダイビングの準備を始める。実はこの頃、僕は潜るのをやめておいた方がいいのでは無いかと密かに思っていた。胸が少々苦しい感じがあり、不安な気持ちがよぎる。そんな様子に連れ合いと息子は気づいたようで、同じように思っていたようである。しかし、入ってしまえば多分、大丈夫だろうと気持ちを奮い立たして潜ることにした。

 一通りの説明を聞き、一つずつチェックしながら装備を着けていく。
息の吸い方、水が入った時の対処の仕方、マスクを着けたままでの
耳抜きの仕方等、一つ一つの手順を確認していく。
 一番最初に海に入ったのは息子である。スイミングに通わせた
成果か、水の中でも結構自由に動き回り、エディさんも3人の中
では一番、信用出来るのかもしれない。


 息子、連れ合い、エディさん、僕の順番で海に入る。ボートの縁に後ろ向きに腰掛ける。左手でマスクの後ろを、右手で口に咥えている呼吸器を押さえる。ヒロさんの指示に従い、おしりを後ろに突き出すとそのまま後ろ向きに海の中に落ちる。完全に水に入った状態で呼吸が出来る事を確認する。ロープの所に集まり、エディさんの指示で呼吸器を一度口から外してもう一度、水の中で着ける練習をする。

 一通り終わると、いよいよ潜水である。まずは息子から。船から海底に張ったロープをたどりながら、1m降りる毎に耳抜きをする。海底までの半分くらい降りたところで息子を待たせて、次は連れ合い。連れ合いは耳抜きがしづらいようだった。最後は僕。エディさんの指示でロープにつかまり潜っていく。すぐに耳がキーンとなる。正直、たったこれくらいでこんなになるとは思わなかった。すぐに耳抜きをする。耳抜きに関しては、飛行機に乗った時など、普段でもしていたので、特に問題なく出来た。OKサインを出しては次の所へと進む。しかし、僕は姿勢を取ることが出来ず、エディさんが何度も足を押して体を立たせてくれた。

 そんなこんなで苦労をかけながら、ようやく海底についた。目の前には今までテレビでしか見たことのない世界が広がっている。今まで知っていた世界とは別世界だ。体験ダイビングなので、8mか10mくらいだと思うが、感激ものであった。シュノーケルの時に感じたように、潜ってしまった方が楽であった。エディさんに連れられて近くの海底にいたウミガメを近くで見に行く。しかし、これが思ったより近づいていく。正直、とまどった。というのは、ウミガメには触れてはいけないのだが、水中での姿勢維持に不安がある僕としては、あまりウミガメに近づいてしまったら、姿勢を維持できず、触ってしまうかもしれないと思ったからだ。エディさんはもっと近くにと手を引いてくれるが、僕が行かないので、もしかしてウミガメが怖いのかなと思ったそうである。エディさんはまるでウミガメの顔をのぞき込むように、間近にまでウミガメに顔を寄せていた。ウミガメは僕達をまるっきり無視して、で〜んと、その場を動かなかった。

 ウミガメを間近で見た後、周囲の海底をゆっくり回る。しかし、途中で連れ合いが上がりたいと言ったので、連れ合いがボートに帰る間、僕と息子は海底で待つことになった。風邪気味だったので、口からの呼吸がうまくいかないようであった。

 息子と手をつないで膝を曲げて海底に座るのだが、これがなかなか難しい。すぐに浮いていきそうになる。息子がしっかりと海底に座っているおかげで何度か助かった。しかし、息子の方は余裕のようで、途中でウミガメがそばを通ったのを教えてくれた。
 そのままマスクを押さえて上を見てみる。自分の頭の上に大量の水があり、その上にボートが浮いている。海面から降り注いでくる日光は、水の中にいる事が信じられないくらいの明るさを提供してくれている。この上を見上げた風景が、僕にとって一番、印象に残る風景だった。

 しばらくしてエディさんが戻ってきて、もう少し、海底散歩を楽しんだ後、ボートに戻った。

 僕たちが潜っている間、お義父さんは近くの岩場まで泳いでいたらしい。なかなか興奮が冷めない中、港に帰る途中、またもやクジラに出会った。行きに見たのと同じクジラだろうとの事であったが、授乳をしているようで、その間は動かないらしい。ヒロさんはしばらくそこでボートを停めてくれた。

 授乳中の赤ちゃんクジラだろうとの話。こんなに近くをボートが
通っても逃げ出したりしない。
 海から海岸線を見たところ。この時に初めて気がついた。マウイに
来てからずっと思っていたことだが、雲がきれいなのだ。山肌に落と
す影も神秘的な美しさを持つ。それは、空が青いからなのだ。
 大阪府を見渡せる山に登って眺めてみればわかるが、標高400m
あたりから大気の色が茶色に変わっている。しかし、ここ、マウイは
それこそ水平線の端まで青い空が続く。これだけ青い空は大阪では
拝めない。
 楽しかったダイビングも終わり、港に帰ってくる。思ってもいなかった
クジラに出会うことも出来て大変満足出来た。僕は初めてのダイビング
なので、他のショップは知らないが、今回お世話になったヒロさんと
エディさんは実に親切だったし、安心して泳ぐことが出来た。さようならを
した後、二人は海からボートを引き上げる。この後、この港の駐車場で
ボートを洗うらしい。


 親切なキャプテンとガイドのおかげで、非常にすばらしい体験が出来た。体はきっと疲れているだろうが、興奮が収まらないのか、全く疲労を感じない。
 取りあえず、昼食を取るためにマウイ・バーニャンに帰った。


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